この曲の試聴可能29秒の中には、曲が始まる前の、カルメン・マキさん本人によるナレーションが入っています。
1951年生まれのカルメン・マキさんの、1969年当時、録音時にはまだ17歳の声です。
試聴版なので、聞けるのは「母親の歌う子守唄が好きだった」「スペインの子守唄【ショーレム】に歌詞をつけた」という内容のナレーション部分だけで、曲本体が始まる前に時間切れになってしまいます。
本編の歌は、本人歌唱の最近版のものがこちらで聞けます。
こちらは2015年のカルメン・マキさんのライブ音声です。映像はGYAOで見られます。
歌詞は寺山修司さん
この曲の歌詞を書いたのは、当時、カルメン・マキさんも団員だった劇団「天井桟敷」を主宰していた寺山修司さんです。
私も渋谷のJanJanでの天井桟敷の公演を見に行って、終了後、現場にいらっしゃった寺山さんと目が合ったのを憶えてます。
白のタートルネックと濃い色のジャケットでカッコよかったです。
団員は当時のファッション・ブランド「JUN」などの、北欧の霧の中から現れそうなクラシックでオシャレで洗練されたコスチュームで、同時代の唐十郎さんの主宰する泥臭い「赤テント」の「状況劇場」とは正反対のいでたちでしたね。「赤テント」の方は、ザンバラ髪に「赤ふんどし」の世界でしたから。
印象的な歌詞
歌詞も素晴らしかったですね。印象的なフレーズがありました。
赤いバラ一輪を 駅の伝言板にさし
出典
www.uta-net.com「マキの子守唄」作詞:寺山修司
「駅の伝言板」である「黒板」はもう過去の物になってしまいましたが、携帯などない時代に、駅で待ち合わせた相手に「佐藤へ、いつもの喫茶店で待ってる。スズキ」などのメッセージをチョークで書いてあったものです。
そこに赤いバラ一輪をさす、という行動は、「この自分の心が、見知らぬ誰かの心に届いてほしい」という願いから出る行動であることは、よく分かりますね。
元の曲は子守唄?
さて、この曲で気になるのは、元になった曲です。
マキさんのナレーションによると、「スペインの小さな町の」「ショーレム」という「子守唄」という事になっていますね。
上の歌詞紹介サイトでも「作曲:スペイン民謡」となっています。
この曲を紹介する記事などでも「スペイン民謡」と書かれたりしています。
「スペイン由来」は創作?
ところが、調べてみたところ、どうも「スペインの小さな町」には行き着かないのです。
なので、このナレーションはどうやら寺山修司さんの創作による、演劇のセリフのようなもの、と見たほうが良いような気がします。
「カルメンと言えばスペインが舞台のオペラだよね〜、そうだ、この曲はスペインの民謡ということにしよう」という、意外に「あるある」発想ではなかったかと推察します。
そう思うと、「スペイン民謡」というこの曲についてのクレジットや記事も、実は裏付けなく、このナレーションを根拠にしているのではないか、とも思えてきます。
実際には「イスラエル」の伝承歌
実際の元の曲は、「Heiveinu Shalom Aleichem」(へヴェーヌ シャローム アレーヘム)という、イスラエルの伝承歌です。つまり言葉はユダヤ人が使っているヘブライ語です。
一夜漬け、ヘブライ語講座
ショーレム(Sholem)は表記が違う(「表記の揺れ」と言います)だけでシャローム(Shalom)と同じ言葉なのです。「平和、平安」を意味します。
アレーヘム(Aleichem)は「あなた(方)に」なので、「平安をあなた(方)に」ですね。
「Shalom Aleichem」とつなげると、「Shalom」の最後のmと「 Aleichem」の最初のAがつながって発音されます。
つまり「Shalomaleichem」(シャローマレーヘム)のようになります。
日常的に「あいさつ」として使われる言葉なのですが、このあいさつを言われて返す方は、語順を逆にして「Aleichem Shalom」と返します。「平安をあなたに」と言われて「あなたに平安を」と返す、となるわけですね。
「Heiveinu」(へヴェヌ)は、専門サイトによると
“hevenu”これは「もたらす」と言う意味の動詞”h-v-v”の一人称複数完了体で、 「われらはもたらした」の意味です。”shalom”はこの場合「平和」の意味です。”aleichem”は~の上に」を意味する”al”の変化形で「あなた方の上に」と言う意味です。
ということなので、全部合わせると、「私たちから差し上げます。平安をあなた(方)に」くらいの意味になるでしょうか。
日本でも「アーサー・キット」の歌でヒットしていた
その「平安をあなたに」という意味からすると、この曲を1951年生まれのカルメン・マキさんのお母さんが子守唄のように歌っていたとしても不思議ではない、違和感のない内容の選曲だと言えます。
実際、この歌は「アーサー・キット」の歌で1960年に日本でもラジオのベストテン番組にランクインするほどヒットしていたのです。
だから、カルメン・マキさんのお母さんがこの曲をラジオで耳にしていて、それを口ずさんでいた、それを9歳の女の子であるマキちゃんは子守唄として聞いていた、という状況は充分考えられると思います。
この曲の間奏部分では、アーサー・キットさんが色々な国の「こんにちは」のあいさつ文を紹介していますね。
つまり、この曲の歌詞は、あいさつとしての「Heiveinu Shalom Aleichem」(へヴェーヌ シャローム アレーヘム)を繰り返しているだけなんですね。
スペイン起源説もありえないではない?
そのへんから考えると、他に民謡などがあって、そのメロディーだけ借りた、という感じも、確かに、しないではありません。
なので、寺山さんの「スペインの町の子守唄」という説も、私がその根拠を見つけられないだけのことで、私の「寺山さんの創作」説は間違っているのかも知れません。
スペインにはユダヤ人街があって、教会(シナゴーグ)まであるので、そこの人たちがスペインの民謡を取り入れた、という可能性もなくはないと思います。
さて、真相はいかに。
色々な可能性を考えながら聞くのも面白いかも知れません。
しかしながら、真相をご存知の方がいらっしゃれば、教えて頂きたいものだと思います。
今回のお話
今回は、カルメン・マキさんの「マキの子守唄」のメロディールーツを辿ったら、イスラエルのあいさつを勉強することになった、というお話でした。
このイスラエルのあいさつのように、世界が平和でありますように。
オリーブの花の花言葉は「平和」で、オリーブの葉をくわえた鳩も旧約聖書に出てくるエピソードから「平和」のシンボルになっています。