一音九九楽

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いちおんくくらく★ひとつの音からたくさんの楽しいこと

「雨のバラード」スウィング・ウエスト版、「簗瀬(やなせ)トオル」と「湯原昌幸」のダブルボーカルは、神!

 

ダブルボーカルの化学反応

ボーカルが一人ひとり、それぞれが別々で歌っていては出せないミラクルが、コーラスによって生まれます。


リレーやチームプレーに似ています。音楽はスポーツかもしれません。

雨のバラード「湯原昌幸(ゆはらまさゆき)」版

「雨のバラード」は湯原昌幸さんの歌でご存知の方が多いと思います。どちらかと言うと、センチメンタルで、しっとりした感受性の人だと思います。

 


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この歌の作詞作曲は「スウィング・ウエスト」初代メンバーの「植田嘉靖(うえだよしやす)」という人です。湯原昌幸さんも元は「スウィング・ウエスト」メンバーで「簗瀬(やなせ)トオル」という人とのダブルボーカルでした。

 

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雨のバラード「簗瀬(やなせ)トオル」版

簗瀬(やなせ)トオルさん単独による歌もあります。

こちらは湯原昌幸さんとは対称的に直情的でストレート、発声的にも素直な感情を出すタイプだと思います。


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この二人がダブルボーカルだったのですから、スウィング・ウエスト版は最強ですね。

 雨のバラード「スウィング・ウエスト」版


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お二人とも歌は上手いのですが、それぞれが単独でなく、お二人でダブルボーカルになることによって、それ以上の素晴らしい効果が生まれています。

いわゆる「化学反応」が起こっていたと思います。

ビートルズのジョンとポールのハモりのような感じでしょうか。

 最強のハモり

歌い出しから、お二人はハモります。簗瀬トオルさんは安定した高音パート。湯原昌幸さんはそこから離れて行くしっとりとした下降音階。このへんはビートルズの「Please Please Me」を思い出させます。

湯原昌幸さんの情緒的な声が効いて、聞く人を雨の中の情感にどっぷりとひたして行きます。簗瀬トオルさんは高音パートでハモりながら寄り添います。

そんなしみじみとした情感が高まったところで、一転、「なーもしらーぬ」からのサビでのお二人のハーモニーは絶品です。ここからが「化学反応」です。

ここでは、簗瀬トオルさんの情熱的な高音パートが大活躍します。湯原昌幸さんはそれを、しっとり感を保ったままずっと下支え、裏打ちして行きます。

ここのハーモニーはとても美しい。一人ひとりでは出せない、お二人のダブルボーカルだからこその奇跡的な声の色がきらめきます。

サビでの感情のほとばしり

お二人の「しっとり」と「ストレート」、質の違う硬軟両様の声が美しいハーモニーとなり、それはそれは気持ちよくからみ合って、曲はどんどん盛り上がって行きます。

そして最後の「あめが〜けして〜」から「硬派」簗瀬トオルさんの高音がソロとなり、サビの最後の「とおい〜」で、直情的な、つんのめるような、胸いっぱいの想いがほとばしります。

雨の舗道

Pixabayより

それほどの感情のほとばしりが、すぐにしっとりとした感じに自然に戻って、すんなり2番に入って行けるのは、やはり「軟派」湯原昌幸さんの存在があるから、だと思います。

このへんがソロには出来ない、コーラスハーモニーならではの美しさとダイナミックさだと思います。

演奏も最強

この「とおい〜」の魂の叫び、「」を聞くためだけでも、この曲のスウィング・ウエスト版を聞く価値はありますが、もう一つ、スウィング・ウエスト版は演奏も素晴らしいですね。

特にベースとドラムスによる、重低音の迫力とドライブ感は気持ちの良いものです。なかでもドラムの聞かせどころは、サビに入る直前の「ダダダダドカドカデデデデドン!」という16分音符の連打ですね。

聞く方としては「来た来た来た来た〜〜〜」と、これから始まる感情の奔流に乗るための、ジャンプ体勢に入るところです。

なぜ「スウィング・ウエスト」?

演奏が素晴らしい、については、このバンドの成り立ちが関係しています。

スウィング・ウエスト」という名前は、米国大統領選挙の「スイングステート」ではありませんが、アメリカと関係があります。

「ウエスト」というのはアメリカの西部を表していて、そこで流行っていたバンジョーやバイオリン、スチールギターやハーモニカを使う「カントリー」や「ウエスタン」の流れを引く、つまり「ウエスタンミュージック」から来ています。

エスタンの中でも、テンポの速い、スイング感のある音楽を目指したのですね。

エスタンは流行の先端だった

1950年代はちょっと西洋っぽい、シャレたポピュラー音楽、「ナウい」音楽というと、スチールギターを使ったウエスタンとかカントリーとかハワイアンくらいしかなかったのです。あとは民謡か、義太夫、講談、コテコテの歌謡曲などがエンターテイメントの主流でしたね。日本人には西洋音楽のリズムはムリ、という悲観的な意見が、ポップス志向の人々の中でさえささやかれていたものです。

 スウィング・ウエストウェスタンカーニバルを始めた

日劇エスタンカーニバルはタイガースなどのグループサウンズの聖地になりましたが、元々はウエスタンバンドのお祭りでした。

その日劇エスタンカーニバルを始めたのは、何と、このスウィング・ウエストを結成して、自身もメンバーであった堀威夫さん(後のホリプロ代表)と「ナベプロ」として知られた渡辺プロダクション渡辺美佐さんだったのです。

ja.wikipedia.org

 

スウィング・ウエストの1957年の初代メンバー。

今見るとびっくりな、ビッグなメンバーです。

  • 堀威夫「ほりたけお」(バンドリーダー、のちに「ホリプロ」社長)
  • 佐川ミツオ「さがわみつお」(ボーカル、のちに「今は幸せかい」)
  • 守屋浩「もりやひろし」(ボーカル、のちに「僕は泣いちっち」)
  • 田邊昭知「たなべしょうじ」(ドラムス、のちに「スパイダース」ドラムス、「田辺エージェンシー」社長)
  • 寺本圭一「てらもとけいいち」(ボーカル、のちに「ヴィレッジ・シンガーズ」のデビューに関わる)
  • 清野太郎「きよのたろう」(ボーカル)
  • 喜多村次郎「きたむらじろう」(サイドギター、のちに「カーナビーツ」に参加)
  • 植田嘉靖「うえだよしやす」(ギター、「雨のバラード作詞作曲」)

日本のポップス界を率いた、そうそうたるメンバーですね。

実際には十数人のグループだったようです。

 ですから、この「雨のバラード」は、日本のポップス界の総力を上げて取り組んだ、歴史的集大成な曲である、と言っても過言ではありません。

 

今回のお話

今回は、スウィング・ウエスト「雨のバラード」の魅力の秘密を探っていたら、思いがけなく、日本のポップスの源流にまでたどり着いてしまった、というお話でした。