一音九九楽

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いちおんくくらく★ひとつの音からたくさんの楽しいこと

ピンクのバラを探せ!ウィーンフィル2022年ニューイヤーコンサート、ダニエル・バレンボイムと一輪の薔薇

 

1000人の有観客コンサート

 

NHK中継、ウィーンフィルのニューイヤーコンサートは、もはやお正月の定番番組になっていますが、2021年はコロナ禍のため「無観客公演」でした。

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無観客なりの映像的工夫がされていましたが、2022年は観客の人数を減らしての、1000人の「有観客公演」となりました。

ただし、観客が入っているのは1階席と1階のバルコニー席、それに舞台袖のスペースのみ。2階席と2階のバルコニー席にはお客さんが入っていません。

 

また、有観客と言っても、コロナ禍の影響はまだ色濃く、楽団員と指揮者はノーマスクですが、観客は全員マスクです。

とは言うものの、観客のマスクは白に限らず、赤や黒や青、緑や藤色、黄色にオレンジなどの人がいたりするので、カラフルで華やかな、ニューイヤーコンサートの雰囲気によく合っていました。

 

「ダニエル・バレンボイム」のウィット

今回のコンサートでは、バレンボイムさんと女性バイオリニストによる、ちょっとオシャレでウィットに富んだ、心がほっこりする場面がありましたので、ご紹介します。

 

 

クセが強い、ワルツの三拍子

ニューイヤーコンサートは、休憩をはさんで1部と2部に分かれます。

さらに、2部は本編プログラム曲とアンコール曲に分かれます。

 

シュトラウスの曲を中心に、独特の、ねばっこくてつんのめりそうになるくらい二拍目をタメにタメる、クセの強い三拍子(♩♩♩「ズンチャッチャ」が普通ですが、これが「ズチャーーーッチャ」となります)のワルツや、二拍子(♪♪♩タタタン)のポルカが演奏されて行きます。

 

途中、曲目によっては、ダンスの映像が入ったり(日本人ダンサーもいました)、正装の騎手があやつる何頭かの白馬が、曲に合わせてダンスのように行進する様子が紹介される映像が入ったりします。

 

そして、プログラムも終盤になって来ると、選曲も含めて、遊び心が入って来ます。

 

音楽の冗談「シャンパン・ポルカ」

 

この曲では、打楽器奏者二人が実際にシャンパンのコルク栓を抜いてしまいます。

抜いたあと、せっかく栓を開けたので、という体で、二人でシャンパンをグラスに注いで、にっこりと笑顔で乾杯をするところまでパフォーマンスします。

ただし、パフォーマンスはそこまでで、実際には飲まないので、さすがに酔っ払い演奏にはなりませんでした。

 

Champagner-Polka, Op. 211

Champagner-Polka, Op. 211

  • ダニエル・バレンボイム & ウィーン・フィルハーモニー
  • クラシック
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 

「夜遊び好き」では、団員の合唱と口笛

 

「夜遊び好き」は、ニューイヤーコンサート初演です。夜を徹して行われる舞踏会の様子が描かれます。

そして、この曲では何と、ホルンの伴奏に乗って、ウィーンフィル楽団員による合唱が聞かれました。さらに続いて、こんどはコントラバスの伴奏も加わって楽団員による口笛の合奏が聞かれます。

 

ニューイヤーコンサート史上、前代未聞のことだそうです。

口笛の後、また通常楽器による演奏になりますが、舞踏会の終わりを告げる12回連打の鐘の音が鳴ったところで、また合唱と口笛合奏があります。これは、舞踏会参加者が名残惜しげに合唱して、口笛を吹きながら帰途につく、といった表現なんですね。

曲が終わると、団員も客席も、一気になごやかな雰囲気になります。

 

「天体の音楽」でプログラム終了

 

そのあとは、6曲目ということになりますが、「天体の音楽」を演奏したところで、休憩をはさんで全15曲を演奏したことになり、実は本編プログラムはここで終了です。

ここで指揮者は万雷の拍手の中、花束をもらい、楽屋に引き上げます。

 

Sphärenklänge, Walzer, Op. 235

Sphärenklänge, Walzer, Op. 235

  • ダニエル・バレンボイム & ウィーン・フィルハーモニー
  • クラシック
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 

アンコール曲は3曲

 

ここでは、拍手は鳴り止みません。アンコールを要求しているわけです。

しょうがないので、といったおもむきで、指揮者が再登場して、ここからの演奏曲はアンコール曲、ということになります。

アンコール曲は3曲と決まっています。

そしてさらに2曲めは「美しき青きドナウ」、3曲めは「ラデツキー行進曲」と決まっています。

なので、自由なアンコール曲は1曲めのみです。

その貴重なアンコール曲、今年の1曲めは「狩り」

 

「狩り」の「鉄砲」は巨大な拍子木(ひょうしぎ)

 

ポルカ「狩り」では、鞭の音なのでしょうか、鉄砲の音なのでしょうか、「パン」という音を出すために、木の板2枚を片方の端をちょうつがいで留めた巨大な拍子木を打ち合わせて表現していました。

 

Auf der Jagd, Polka schnell, Op. 373

Auf der Jagd, Polka schnell, Op. 373

  • ダニエル・バレンボイム & ウィーン・フィルハーモニー
  • クラシック
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 

「美しき青きドナウ」での「あいさつスピーチ」全文

 

最後から2曲目の「美しく青きドナウ」では、通常のコンサートでの、演奏の途中では拍手をしない、という習慣とは違って、イントロの前奏部分が始まると、観客がわざとマナー違反の拍手をします。そうすると指揮者が演奏を止めて客席に向き直り、楽団員に「あけましておめでとう」“ Prosit Neujahr ! ”(プロズィット・ノイヤ!)直訳だと「新年に乾杯」と言わせます。

そして、ふだんのニューイヤーコンサートでは、指揮者はまたオーケストラの方に身体をむけて、改めて曲の最初から演奏に入るのですが、今回はダニエル・バレンボイムさん、あいさつしてから、そのまま客席に向かって、ドイツ語ではなくて英語でスピーチを始めました。

 

英語の部分、全文です。

It is very important that the vienna philharmonic plays this concert every year, but more important even today.

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団が毎年このコンサートを開催することは非常に重要ですが、今日においてはさらに重要です。
 
Because the world is in a very difficult situation as we all know.

私たちみんなが知っているように、世界は非常に困難な状況にあるからです。
 
And what you see today, what you see so many musicians becoming one.

そして今日、あなたが見ているもの、多くのミュージシャンが一つになっているのを見ています。
 
One community.

1 つのコミュニティになっているのを。

A group of people who think similarly and feel the same.

同じように考え、同じように感じる人々のグループです。
 
This i think should be the example.

これは、模範例にになるべきものだと思います。
 
The covid is not just a medical catastrophe, it is a human catastrophe.

新型コロナウイルスは単なる医療のシステム崩壊ではなく、人類のシステム崩壊なのです。
 
It is a catastrophe that tries to bring all of us away from each other.

それは、私たち全員を、お互い同士から引き離してしまおうとするシステム崩壊なのです。
 
And i think we should all, if i may say so, we should all take the example of this wonderful and unique community.

そして私は考えます、私たち全員が、もし私がそう言っていいなら、私たち全員が、この素晴らしい個性的なコミュニティ(ウィーンフィルのことですね)を模範例にするべきなのです。

 

Not only of great musicians that we all know, but that they feel this communal way of dealing with this terrible virus. 

私たちみんなが知っている偉大なミュージシャンたちだけでなく、人同士がつながることによって、この恐ろしいウイルスに対処することができると感じるための模範例にするべきなのです。
 
I think for me in any case, it is a big big inspiration to have been here today, and to play this program with vienna philharmonic for all of you over the world.

私はこう考えます。いずれにせよ私にとっては、今日ここに来て、世界中の皆さんのためにウィーン・フィルと一緒にこのプログラムを演奏できたことは、大きな大きなインスピレーションなのです。
 
Let’s take this example of humanity and deal with it also in our daily life.

この人類にとっての模範例を、私たちの日常生活でも生かして行きましょう。
 
Thank you very much.

みんな、どうもありがとう。

 

ニ長調の秘密

番組ゲストの反田恭平(そりたきょうへい)さんの解説では、「美しき青きドナウ」も「ラデツキー行進曲」も、ともに「ニ長調」なので、つながりが良い、とのこと。「美しき青きドナウ」が「レ」の音で終わると、その「レ」の音から「ラデツキー行進曲」が始まるので、シームレスにつながる、というわけですね。

そして「ニ長調」は楽器の構造上、響く音の数が多く、明るく祝祭的な曲によく使われます。

ちなみに、モーツァルトには「ニ長調」の曲が多く、ショパンでは「ニ長調」の曲はほとんどないそうです。

ラデツキー行進曲での観客手拍子指揮

前年はコロナ禍のため無観客だった客席に、二階席にはいないとは言え、そのほかの席は満席に観客が入っての演奏だったので、例年通りの客席手拍子の指揮が見られました。

この最後の曲では、演奏の途中、指揮者が観客席の方に振り返って、観客の手拍子を指揮する、という光景が慣例となっています。

指揮する、とは言っても、拍手をするタイミングを指示したり、拍手の大きさを指示したりするくらいなのですが、観客もテレビを見ている私たちも、演奏に参加しているような気持ちにさせてくれますね。

 

演奏途中の拍手や手拍子の始まりは?

 

そもそも、この拍手、手拍子の伝統はどんないきさつで出来たのかというと、ニューイヤーコンサートの成り立ちが関係しています。

ニューイヤーコンサートが始まったのは1939年なのですが、この前年1938年にウィーンフィルの本拠地オーストリアはナチスドイツに占領、どころか併合されてしまったのです。

ウィーンフィルにもユダヤ系の人はいたわけで、理不尽で過酷な扱いを受けたようです。

第2次大戦後は立場は当然逆転して、現に今回、2022年の指揮者バレンボイムさんはイスラエル国籍です。

なので、当初のニューイヤーコンサートの主な目的はドイツ軍将校、オーストリア軍将校をもてなすための催しだったと思われます。

実は、このニューイヤーコンサートは、現在、3日間にわたって開催されています。

1月1日は、現在我々が見ているニューイヤーコンサートですが、その前日12月31日には「ジルベスターコンサート」として同じ内容が演奏されています。

さらにその前日12月30日には、やはり同じ内容ですが、観客が一般人ではなく、オーストリア軍将校限定の観客ということで、コンサートが開催されているのです。

 

「たぶんこうだったんじゃないか」劇場

 

コンサートの観客が、ふだんからクラシックに親しんでいる一般人ではなく、軍人ということになれば、コンサートの慣習やしきたりに通じた人ばかりではなかったと思われます。

 

「美しき青きドナウ」が始まると、有名曲なので、「おお、この曲は知っているぞ」と、始まった時点で拍手する軍人が多かったのでしょう。

 

指揮者としては、繊細なイントロ部分が盛大な拍手によって全く聞こえなくなるので、いったん拍手が鳴り止むのを待って、いわば「ガス抜き」のために客席を振り返って団員とともに「新年おめでとう」のあいさつをして、客席が静まったところで、最初の繊細なイントロからやり直したものと思われます。

 

また、ラデツキー行進曲はもろに勇ましい行進曲ですから、客席の軍人としては、大喜びでガンガンに手拍子を取り続けたでしょう。

しかしそれでは、せっかくの「ラデツキー行進曲」の、行進曲とはいえ、やはり繊細な部分もある音楽が、全く聞こえなくなってしまいます。

 

そこで、指揮者としては、軍人を静かにさせるために、いっそのこと手拍子も指揮してしまえと、演奏の音量を落とす繊細なフレーズの部分では手拍子を控えさせ、大音量で迫力の演奏のフレーズでは力いっぱい手拍子を打ってもらう、というふうにメリハリを付けることによって、しっかり音楽そのものを聞いてもらう、という本来の目的が果たせたのではないかと、推察します。

 

pinkrose

ダニエル・バレンボイムと一輪の薔薇

 

さて今回のコンサートで、1輪のピンクのバラが登場したのは、本編プログラムが終わった際の、あの花束贈呈の場面です。

指揮者、バレンボイムさんが万雷の拍手の中、主催者から花束を受け取り、いったん楽屋に引き上げる際に、ちょうど花道に位置している、客席から見て右側、第2バイオリンパートの奥側の列の2番めの女性バイオリニストに、花束の中からピンクのバラの花を一輪、渡したのです。

バレンボイムさんはそのまま退場し、アンコールを期待する万雷の拍手にうながされて再び登場し、そこからの3曲はアンコール曲になります。

 

一輪のピンクのバラを探せ

 

アンコール曲「狩り」が始まったところで、あのバラの花はどうなったのかな、受け取った女性バイオリニストはどうしたかな、と見ていると、その女性バイオリン奏者が演奏をしている様子が映りました。

隣の男性バイオリニストと共通で見ている譜面台の真ん中にバラの花がちゃんと挿してあり、ピンクの花の部分がぴょこんと黒い譜面台から飛び出しているのが可愛らしかったですね。

 

バラの花一輪を渡したバレンボイムさんも、気が利いた粋な行動だし、その好意をちゃんと受け取って、譜面台に挿して客席にも見せている女性バイオリニストも、とてもオシャレな行動でした。

 

そのバラの花は、客席からも見えているわけで、「ラデツキー行進曲」が終わるまで、つまりコンサートの最後まで、ウィーンフィルの演奏に花を添えていたことになります。

 

このコンサートのアンコール曲の映像をご覧になる機会がありましたら、第二バイオリン、前から2番めの譜面台に注目して見て下さい。

 

ソニーの公式ツイッターの映像にも、そのバラの花は映っています。

さあ、どこにあるか見つけられるでしょうか。

女性バイオリニストもちゃんと映ってますよ。

 

今回のお話

今回は、2022年のウィーンフィル、「ダニエル・バレンボイム」指揮によるニューイヤーコンサートでのハイライト、バレンボイムさんが女性バイオリニストに渡した一輪のピンクのバラが、譜面台に挿されて、アンコール曲3曲の演奏に華を添えていた様子を中心にお話しました。

こんな平和な世界が広がって行くことを、切に願います。