エンディングの曲では手拍子が慣行
毎年1月1日にNHKテレビでライブ放送される、ウィーンフィルハーモニー管弦楽団の「ニューイヤーコンサート」。
毎年、プログラムの最後、エンディングの曲は「ラデツキー行進曲」に決まっていて、演奏の際、観客が手拍子で参加することが慣例になっています。
手拍子を指揮者が指揮
「ラデツキー行進曲」は「行進曲」だけあって、手拍子を入れやすい曲なのですが、のべつ幕なしで手を叩いていても面白くない、という事でしょうか、曲が進んで行って、ここで手拍子を入れてくださいね、という箇所になると、なんと、指揮者が観客席の方に向かって手拍子の指揮をするのです。

それも、強弱を付けて、ここでは手拍子を小さめに、ここでは手拍子を大きめに、ここでは手拍子をやめて、ここでは手拍子を最大限に大きく!といった具合に細かく指示するので、観客も演奏に参加している、という感覚を味わえるわけですね。
始まったきっかけは?
もともとは、ナチスドイツにオーストリアが占領、併合されてしまった時、ナチスドイツ主導で開催されたチャリティコンサートが始まりで、観客はドイツ軍やオーストリア軍の軍人たちが多く、マナーに関係なく勝手に拍手や手拍子をするので、演奏を乱されてしまう、それならいっそのこと、拍手、手拍子を指揮してしまおう、という苦肉の策から始まったそうです。
このへんの時代背景は、映画「サウンドオブミュージック」でも描かれていますね。
現在は、その手拍子の指揮のやり方も、その年に選ばれる指揮者の個性によってそれぞれ違うので、それを見るのも、「ニューイヤーコンサート」の見どころの一つになっています。
前代未聞の出来事が!

それにしても、手拍子に対する指揮のスタイルは、オーケストラに向かって指揮している指揮台に乗ったまま、手拍子を指揮する時には後ろを振り向いて観客に向かって指揮をして、演奏だけの時はオーケストラに向かう、というスタイルで、これはずっと変わりませんでした。

それが今回、「ラデツキー行進曲」の演奏が始まっても、そもそもの指揮者が指揮台にいない!
なんと、指揮者が観客席の通路に現れて指揮を始めたのです。
もっとも、指揮そのものについては形式通り、演奏だけの時はオーケストラに向かって指揮をして、手拍子の時には観客に向かって指揮をする、というパフォーマンスは維持しているのですが、なんと言っても、観客に対する指揮を、その観客の中でするのですから、観客は驚きながらの大喜び。
前代未聞の出来事に、ロックコンサートならもみくちゃになるところですが、そこは節度ある観客の皆さんなので、皆さん総立ちで、大ウケ大騒ぎなのですが、ルールからのはみ出し行動はせいぜいスマホで撮影するくらい。
指揮者は観客と同化するくらい、観客席の奥まで入り込んで行きましたが、曲の終盤になる頃にはちゃんとステージの指揮台に乗って、演奏を終了しました。

そのタイミングで番組本編としては終了なので、会場の天井を映した背景にエンドロールを流し始めましたが、尋常ならざる拍手や歓声が聞こえてました。会場はどんな様子だったのか、映像が見たかったですね。
中谷美紀さんの涙のわけ
その後、ゲストとしてコンサートを会場内で聞いた「中谷美紀(なかたにみき)」さんが、NHK現地特設スタジオに戻って来ましたが、感動のあまり涙ぐんでいました。感想を話そうとするのですが、ろくに言葉にならない様子。
中谷美紀さんはウィーンフィルのヴィオラ奏者の奥さんだそうですが、それほど感動するについては、前段があります。
「アンコール曲が3曲」
「ラデツキー行進曲」の前に演奏されるのが「美しく青きドナウ」ですが、この2曲は「アンコール曲」3曲のうちの、2曲目と3曲目としての扱いです。
プログラム本編が終わった、という所で、指揮者が花束をもらいます。

その、もらった花束をどうするか、についても、その時の指揮者の個性が表れるので、毎年のチェック箇所になってます。たいがい、近場にいるバイオリンの女性演奏者に渡しますね。
そして、ここから先も「お約束」の儀式なのですが、花束贈呈でひとしきり拍手があって、指揮者はいったん退場して、その間、拍手は続きます。2曲ともプログラム本編終了後のアンコール曲である、という建前なので。
そして、アンコール催促の拍手に迎えられた、という形で指揮者が再登場して、アンコール曲の1曲目を演奏するのですが、今回は「サーカス」という曲でした。
「サーカス」の演奏も、楽しい演奏で、団員が声を出したり、指揮者が声出しを観客に促したり、打楽器奏者がサーカスでの「ムチの音」を出すための拍子木を、指揮者に向かって「パチン、パチン」と打ち合わせて、指揮者もムチに打たれてしまったり避けたりするジェスチャーをして応えます。

曲の最後には、指揮者が譜面台の足元に隠していた大型の拍子木で「バッチン」と逆襲する、というオチも用意されていました。
曲が始まってすぐの拍手
さて、アンコール1曲目に対する拍手がおさまって静かになったところで、おもむろに、A(ラ)音のバイオリンのピアニッシモ、一番小さな音のトレモロで「美しく青きドナウ」の演奏が始まります。

その次にホルンの音がします。
ところが、曲が始まってすぐに、演奏にかぶせるように観客は拍手をするのです。
これもお約束です。
そこで、しょうがないなあ、という感じで指揮者は演奏を中止して、観客席に向きあい、MCとしてちょっとしたスピーチをします。
このスピーチの内容も指揮者によって違うので、毎年、注目を集めて話題になります。
その後、「私と楽団員から皆様に」と言って、指揮者と楽団員が声を合わせて客席に向かって「新年おめでとう」と言います。
それから、おもむろに、本番の演奏を始めることになっているのです。
スピーチ儀式の由来
この儀式も、始まったきっかけは、コンサートの観客たちの「おお、この曲は知ってるぞ〜待ってました!やんややんや」という意味での、演奏が始まってからの拍手なんですね。
演奏途中では拍手をしない、というコンサートマナーなどは知らなかった人も多かったと思われます。
その時は、指揮者も、「お気持ちは分かるし、嬉しいのだけれど、本当は静かに演奏を聴いてもらいたいんだよね〜、特にこの曲の最初はとても小さな音なので、、、」という事で、そこでいったん演奏を止めて、この曲についてのお話か、関連の話題をお話しして「やんややんや」の場を静めた、といういきさつなんだろうなと想像します。
指揮者「ヤニック・ネゼ=セガン」のスピーチ・原文と日本語訳
今回のスピーチは、カナダ人である指揮者「ヤニック・ネゼ=セガン」の母国語フランス語と、世界共通語である英語で行われ、そして、最後にドイツ語での恒例のご挨拶が、オーケストラ全員からありました。
まず「美しく青きドナウ」の演奏が始まったところで拍手が起こり、指揮者セガンが演奏を止めます。そして観客の方を振り返ります。
(英語)
"Please do not worry, we will play it"
どうぞ心配しないで、私たちはたぶんこの曲を演奏するでしょう。(観客の笑い声)
(ドイツ語)
In Französisch mein Muttergespräch.
(最初は)フランス語で、私の母国語で(話します)。
(フランス語)
Les membres de l'Orchestre philharmonique de Vienne et moi-même,
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のメンバーと私から、on vous souhaite surtout une chose cette année.
今年、特に一つ、皆さまに訪れるようにお祈りしたいことがあります。La paix.
平和です。La paix dans votre cœur.
あなたの心の中の平和。La paix avec les gens qui vous entourent.
あなたの周りの人々との平和。Et surtout, la paix entre toutes les nations du monde.
そして何より、世界中すべての国々の間の平和です。
(英語)
With peace comes kindness.
平和になれば、優しさが生まれます。Or should I say,
あるいは、むしろ私はこう言うべきでしょう。only with kindness comes peace.
優しさがあってこそ、平和が生まれるのだと。So I wish also, all of us, kindness.
ですから私はまた、私たちみんなに『優しさ』が届くことも願っています。Kindness in our hearts,
私たちの心の中にある優しさ、kindness toward one another,
お互いに向けられる優しさ、kindness in accepting each others differences and celebrating them.
そして私たちお互いの「違い」を受け入れて、それを褒め称え合う優しさです。Music can unite all of us
音楽は、私たちみんなを一つにすることができます。because we live on the same planet."
なぜなら、私たちは同じ惑星の上に生きているのですから。」
(ドイツ語)
Die Wiener Philharmoniker und ich wünschen Ihnen.
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団と私は、皆さまに幸せな新年をお祈りいたします。Prosit Neujahr!
新年おめでとうございます!
このスピーチがあったので、それに続く「美しく青きドナウ」の、ウィンナワルツ特有の、2拍目を先取り食い気味の、シンコペーション的な動きで浮遊感を出しまくる、独特な3拍子での、情緒たっぷりの演奏で感情を揺さぶられたあとに加えて、「ラデツキー行進曲」での「指揮者客席に乱入」の大騒ぎも相まって、中谷美紀さんは感動の嵐だったのだと思います。
今回のお話
今回は、「ウィーンフィル」2026年1月1日ニューイヤーコンサートの「美しく青きドナウ」直前の、ドイツ語、英語、フランス語を駆使した指揮者「ヤニック・ネゼ=セガン」のスピーチと、前代未聞、指揮者みずから、客席エリアに入り込んでの指揮となった「ラデツキー行進曲」の様子などをお知らせしました。
再放送 : NHK・ Eテレで2026年1月10日(土)午後2:00から4:45まで
