- ベンチャーズ「パラダイス・ア・ゴーゴー」
- トニー・ベネット「ストレンジャー・イン・パラダイス」
- 大文字の「Him」と、小文字の「him」
- ミュージカル「キスメット」
- 韃靼人(だったんじん)の踊り
- 野蛮なタイトルに優美なメロディーの違和感
- 「韃靼(だったん)」とは「モンゴル」のこと
- 「空を舞う天女たち」
- 「女奴隷たち」の歌
- ボロディン「イーゴリ公」より「韃靼人の踊りと合唱」(日本語訳付き)
- 今回のお話
ベンチャーズ「パラダイス・ア・ゴーゴー」
私がこのメロディーを初めて聞いたのは、ベンチャーズの「パラダイス・ア・ゴーゴー」という曲です。
ザ・ベンチャーズ The Ventures/
パラダイス・ア・ゴー・ゴー Ten Seconds To Heaven(1965年)
英語タイトルは「 Ten Seconds To Heaven」(天国まで10秒)、ですね。
サーフィンサウンドなので、実際のサーフィンで波に乗ってトップスピードになるまでが10秒なのか、巨大な波が作るパイプライン(TUBEとも言う)の中に入るまでが10秒なのか分かりませんが、元曲のタイトルから「天国」を引っ張って来たんでしょうね。

なお、いわゆるエレキの「テケテケテケテケ」のグリッサンド・トレモロ奏法は、サーフィンで巨大な波が波頭から崩れ落ちて来る時の様子を表した音です。

トニー・ベネット「ストレンジャー・イン・パラダイス」
その「元曲」というのは、こちらです。
この曲で全米ヒットチャート1位を獲得したトニー・ベネットが歌う「Stranger In Paradise(ストレンジャー・イン・パラダイス)」。
「Stranger(ストレンジャー)」は「見知らぬ人」「新人」「異邦人」といった意味。
「Paradise(パラダイス)」は「天国」、「楽園」、という意味なので、「Stranger In Paradise(ストレンジャー・イン・パラダイス)」は、「天国の住人にとっては見知らぬ新入り」みたいな意味合いですね。
こちらの映像は、エド・サリバン・ショーに出演したトニー・ベネット。
Tony Bennett-Stranger In Paradise
このタイトルを見て、ぼんやり曲を聞いていた私に浮かんだイメージは、
「あなたに恋して、私はまるで、今まで見たこともない天国にいるようだ。私のことは天国デビューの新人なのでよろしくと、私の天使であるあなたから、天国の主である神様に言っておいてね。まあ、もう慣れたから新人じゃないけどね」という楽しいものでした。
大文字の「Him」と、小文字の「him」
辞書片手にじっくり聞いてみたら、私の想像とはちょっと(だいぶ?)違ったんですけどね。
Stranger in Paradise 歌詞
Take my hand,
握っていてよ、私の手をI'm a stranger in paradise
私は天国には初めて来たんだ
All lost in a wonderland,
すっかり迷子さ、不思議の国の中で、a stranger in paradise
天国では初心者なんだよ
If I stand starry-eyed,
もし私が、目の星キラキラうっとりで立っていたらthat's a danger in paradise
それは危険なことだよ、天国ではさ
For mortals who stand
生身の人間にとってはねbeside an angel like you
あなたのような天使のそばに立っていたらさ
I saw your face,
私は見たんだ、あなたの顔を、and I ascended
とたんに私は昇って行った
Out of the commonplace
離れて来てしまったよ、いつもいる世界からさInto the rare
最高に貴重な世界の中へとね
somewhere in space
ここは宇宙の中のどこかさI hang suspended
私は宙にふわふわ浮いていた
until I know
私が知るまではねThere's a chance
チャンスがあるんだってことをthat you'd care
あなたがもしかして気にかけてくれるチャンスがあるんだってことを
Won't you answer
こたえてくれない?this fervent prayer?
この情熱的なお祈りにさOf a stranger in paradise
天国の新参者のお願いにさ
Don't send me
私を送り込まないでよin dark despair
暗い絶望の中にはねFrom all that I hunger for
私が熱望するただひとつのものから引き離してまで
But open your
そうじゃなくて、広げてよあなたのangel's arms
天使の両腕をTo the stranger in paradise
天国デビューの新人に向かってさ
And tell him that he need be
そして彼に言ってよ、彼にはもう必要ないってA stranger no more
もう新人でいる必要はないってね
作詞:George Forrest / Robert Wright /
いいですね。恋した時の、世界が一気にカラフルになって明るく開ける感じ、世の中の全てのものが輝きを持って笑いかけてくれて、この世がそのまま天国、ワンダーランドになったような感覚を、面白く捉えている気の利いた歌詞だと思います。

最後から2行目の「him」を、私は天国を仕切っている「神様」のことかと思ったのですが、歌詞を見ると英語で神様を示す時に使われる大文字の「Him」ではなくて、小文字の「him」なので、生身の人間である「彼」自身の事のようですね。
ミュージカル「キスメット」
そして、この曲はそもそも、1953年のアメリカ・ニューヨーク・ブロードウェイのミュージカル「キスメット(KISMET=運命)」で歌われた曲なのです。
アラビア、バグダッドを舞台にした「キスメット」というアラビア語タイトルの舞台ミュージカルです。評判が良かったので、2年後の1955年、 ヴィンセント・ミネリ監督により映画にもなりました。
私はこの映画は見ていないのですが、こちらは当時の映画の予告編です。
Kismet 1955 Trailer
なお、舞台のオリジナルキャストによる歌、それに映画での歌でも、両方ともに、最初は男性が先にソロで歌い出して、
最後の2行は
And tell him that he need be
そして彼に言ってよ、彼にはもう必要ないってA stranger no more
もう新人でいる必要はないってね
という「トニー・ベネット版」と同じ歌詞で歌っていますが、その次には、今度は女性が曲の途中から歌い始めて、さらに男性が加わって、最後には男女がデュエットして終わるんですね。
そのデュエット部分では男性女性ともに声を合わせて、
And tell me that I need be
そして私に言ってよ、私にはもう必要ないってA stranger no more
もう新人でいる必要はないってね
と歌っているので、かなり直接的ですね。
韃靼人(だったんじん)の踊り
そして、さらに調べてみると「ストレンジャー・イン・パラダイス」の元々の曲、この曲のそもそもの最初の元曲は、何と、クラシック音楽だったんです。

ミュージカル「キスメット」の作詞作曲をしたのは「George Forrest (ジョージ・フォレスト)」と「 Robert Wright(ロバート・ライト)」ですが、曲はロシアの作曲家「アレキサンドル・ボロディン」が、作者不詳の史記「イーゴリ遠征物語」を元にして書いたオペラ「イーゴリ公(Prince Igor)」の曲を下敷きにしていたのでした。
ボロディンは、この歌劇を完成させる事なく亡くなってしまったので、作曲家の「リムスキー・コルサコフ」と「グラズノフ」が加筆して完成させました。
この曲はそのオペラ「イーゴリ公」の中の、第二幕の中で踊られる曲で、その第二幕全体のタイトルが「韃靼(だったん)人の踊り(Polovtsian Dance=ポロヴェッツィアン・ダンス)」だったんですね。
「ポロヴェッツ」は、ロシア語での「韃靼」の呼び方です。
野蛮なタイトルに優美なメロディーの違和感
この曲はそんな「韃靼(だったん)人」という、粗野で野蛮な印象のタイトルとは全くかけ離れた、優雅でさわやかな印象のメロディーなのが印象的な曲です。
もし、何も予備知識がなくて、この音楽の「韃靼人の踊り」というタイトルだけ見たら、絶対聞きたくないと、私なら思います。
事実、私は何回か、このタイトルを見かけたことがあるのですが、なんだか野蛮でやかましいだけの曲なんじゃないの?というイメージがわいて来て、聞こうとは思いませんでした。聞いてみればこんな良い曲だったのに、もったいないことをしました。
それでも、この曲をちゃんと聞いた時、野蛮そうなタイトルと優雅なメロディーがマッチしていないので、違和感が残ったものです。
「韃靼(だったん)」とは「モンゴル」のこと
ちなみに、「韃靼(だったん)、ポロヴェッツ」とはつまり、広く言えば、一時はロシアや中国にまで領地を広げ、日本にまで「元寇」として攻め込んできた「チンギス・ハーン(日本ではジンギスカン「成吉思汗」として知られる)」率いるモンゴル帝国のことです。
このオペラのお話は、ロシアがモンゴルに実際に侵略されるちょっと前のお話です。キエフ公国(と言うと、今のウクライナ?)の王子「イーゴリ公(Prince Igor)」が、のちにモンゴル支配下になる地域に先手を取ろうと征伐に行ったところ、逆にハーンの軍勢に捕まってしまいます。しかしながら、協力者の助けを得て何とか逃げ出して、生還できた、というお話です。
この歌劇「イーゴリ公」の中の「韃靼人の踊り」というタイトルの第二幕は、ハーンに捕まってしまったイーゴリ公が、その武人としての勇敢さがハーンに気に入られて、もうハーンの所に遠征して来ないようにイーゴリ公を懐柔するための、歓待する踊りを見せられることになる、その歓待のための踊りの場面です。
そして、その「韃靼人の踊り」の中の、いくつかの踊りの曲の中に「ストレンジャー・イン・パラダイス」のメロディーが出て来る踊りがあったのです。
「空を舞う天女たち」
実はその「韃靼人の踊り」のシーンで演奏されるいくつかの音楽の中で、「ストレンジャー・イン・パラダイス」で使われている部分の優雅なメロディーは、英語では「乙女たちの踊り(Dance of the maidens)」あるいは「乙女たちの滑空する踊り(Gliding dance of the maidens)」という、なるほど、それなら納得な、優美なタイトルが付いている曲なのでした。
Google翻訳では「乙女たちの滑空舞」というタイトルです。
Gliding(グライディング)のグライドは「グライダー」の「グライド」なので「滑空する」なんですね。
私はむしろ優雅に「空を舞う天女たち」というイメージだと思いました。

ところが、原文ロシア語の訳を見ると、この曲は何と「女奴隷たち」というタイトルなっているのです。
「女奴隷たち」の歌
はて?と、原文のロシア語はさっぱり分からないので、英語に翻訳された歌詞を読んでみると、
Fly away, our native song, on the wings of the wind to our homeland.
To the land where we can sing you freely,
Where it was so carefree for you and me.
There, beneath the burning sky, the air is full of sweetness.
There the cloud capped mountains, dream near the murmur of the sea.
There, the sun shines on the mountains with brilliant rays.
In the valleys the roses bloom resplendently,
and the nightingales sing in the green forests.
Vineyards yield sweet grapes.
There, our song, you would be much freer to sing.
Fly away to our homeland of freedom.
以下のような日本語に翻訳できます。
飛んでいけ、私たちの故郷の歌よ、風の翼に乗って、私たちの祖国へ。
自由に君を歌える土地へ、
君と私が何も気にせず、気ままに過ごせたあの場所へ。
燃えるような空の下、甘い香りが空気に満ちている。
雲に覆われた山々が、海のさざめきの近くで、夢見るように佇(たたず)んでいる。
そこでは太陽が、輝く光で山々を照らす。
谷ではバラが、美しく咲き誇り、
ナイチンゲールが、緑の森で歌う。
ブドウ畑では、甘いブドウが実る。
そこでは、私たちの歌ももっと自由に、歌うことができるだろう。
飛んでいけ、自由の故郷へ。
つまり、優雅に舞い踊っている女性たちは、実は韃靼人によって、生まれた土地から無理やり連れて来られた囚(とら)われの女性たちだったんですね。
韃靼人から見れば「奴隷」だったわけです。だから、当然のことながら、彼女たちはここでは並々ならぬ望郷の念を歌っている。
自分たちの国を侵略されて、軍隊に帯同させられている、奴隷のような立場となった女性たちがこの曲を歌っているとなると、この曲も、聞いた感じの「天女の舞」といった優美なイメージであることに変わりはありませんが、実はさらに加えてとんでもなく切実な思いのこもった曲だということが分かりました。
現在の彼女たちが置かれている、過酷で不本意な環境が思いやられます。
故郷=天国のイメージ
また、故郷から来て、また故郷に帰るというコンセプト。これは考え方によっては、どうやらパラダイス「天国」のイメージとも重なるようですね。歌詞もよく読んでみると、その「故郷」の描写は美しすぎて、まるで理想郷のような気配があり、ちょっと現実離れした「楽園」のイメージにも思えて来ます。
そうだとすると、囚われの彼女たちのその「望郷」の思いには、さらにまた切実なものがありますね。
ボロディン「イーゴリ公」より「韃靼人の踊りと合唱」(日本語訳付き)
こちらは、このオペラで歌われているロシア語に対する、日本語訳の字幕が付いている、日本での舞台公演の様子。
演じているキャストも、以前はともに「モンゴロイド」という人種の範疇とされた「日本人」や「中国出身者」なので、「モンゴル帝国」の人々を演じていても、あまり違和感がありません。
劇中で「コチャック・ハン」と呼ばれている人物が「ジンギスカン」のことなんですね。その「コチャック・ハン」の横で憮然としているのが、捕まってしまったこのオペラの主人公「イーゴリ公」。
「歌劇“イーゴリ公”から第2幕“ダッタン人の踊りと合唱”」ボロディン作曲
「第51回 NHKニューイヤー・オペラ・コンサート」(2008)
合唱:二期会合唱団、藤原歌劇団合唱部
飯森範親(指揮):東京フィルハーモニー交響楽団
バレエ:谷桃子バレエ団
イーゴリ公:陳鳳景(チェン・フォンジン)、
コチャック・ハン:彭康亮(ペン・カンリャン)、
騎馬隊長:今井智也、
隊長:齊藤拓
奴隷姫:朝枝めぐみ、
ダッタンの美女:高部尚子
この「女奴隷たち」の流れるような踊りと合わせて踊られる「韃靼人たち」の踊りが、その言葉のイメージ通りの粗野で乱暴な踊りなので、それとの対比で、彼女たちの踊りの優美さと音楽の美しさが際立ちますね。
今回のお話
今回は、ヒット曲「ストレンジャー・イン・パラダイス」の元曲を探ってみたら、ボロディンのオペラ「イーゴリ公」の中の「だったん人の踊り」という第二幕の中で歌って踊られるいくつかの歌のうちのひとつで、ロシア語原タイトルが「女奴隷」、英語訳が「乙女たちの流れるような踊り」という曲だった、というお話でした。
なお、ロシアがモンゴルに実際に占領されたことがある、というのは、恥ずかしながら浅学の私としては初めて知った史実です。
昨今の世情を見ると、他の人たちからひどい目に会わされた人たちが、立場が変わると今度は別の人たちをひどい目に会わせようとするという動きが、ちらほら見受けられるような気もします。
それは、歴史の成り行き、人間の本性なのかも知れませんが、人間も賢く進化するでしょうから、どこかでそんな連鎖から踏みとどまれる日が、いつかは来るのかな、と思ったりもします。
