一音九九楽

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いちおんくくらく★ひとつの音からたくさんの楽しいこと

チャップリン「ティティナ」(モダン・タイムス)のデタラメ語歌詞を解読。実は元歌があった。

 

チャップリン初めての肉声

チャーリー・チャップリンの映画モダンタイムスの中に出てくる「ティティナ」の唄とパフォーマンスは、それまでサイレントだった映画がトーキーになって初めてチャップリンの声が聞こえる、というので評判になったシーンです。

デタラメ語を解読

歌詞を忘れてしまったので、仕方なくデタラメに歌った、という設定が笑いを誘うのですが、意味のない言葉でもちゃんとストーリーが分かってしまう、というのがチャップリンの才能です。

今回はその「デタラメ語」を解読してみることにしました。

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袖口カフに書かれたストーリー

芸人としてフロアに出るチャップリンがなかなか歌詞を覚えられないので、恋人エレンがチャップリンが歌うべきストーリーを彼の袖口カフに、カンニングペーパー的に書いてくれます。大写しになったその書かれている文字を見ると、エレンはこんなふうに書いています。

A pretty girl and a gay* old man flirted on the boulevard 

he was a fat old thing but his diamond ring caught her eyes

an....

可愛い女の子と陽気な老人が大通りで出会った。

彼は太った老人であったが、彼のダイヤモンドの指輪が彼女の目を引いた。

そし...

途中で終わってますが、あとはチャップリンのパフォーマンスを見てください、というわけですね。

*)チャップリンがダンスパフォーマンスで女性の仕草も表現するので、gay(ゲイ)という言葉は、多様性としての「ゲイ」という意味かとも考えられますが、ここでは「陽気な」という本来の意味のようです。

飛んでしまうカンニングペーパー

カンニングカフの用意も出来たので、さあ、これで大丈夫、と、チャップリンは楽屋からさっそうとフロアに出ていくのですが、曲のイントロで前フリのダンスをしている時に、ストーリーの書かれた袖口カフスが両方とも、勢いあまって左と右に飛んで行ってしまいます。

無くしたことに気がついたチャップリンが踊っているフリをしながら探しても見つかりません。

さあ、困った。

チャップリンは途方に暮れてエレンに助けを求めます。

そして、エレンの「とにかく歌って!言葉は気にしないで」という身振り手振りのアドバイスに従って、チャップリンは全く気にしない言葉、つまりデタラメな言葉で歌い始めます。

歌詞はこちらです。

www.google.com

歌詞入り映像

デタラメ語なのに、デタラメなりに、ちゃんと文字起こしをしてくれている人がいるんですね。

大変参考になります。

www.youtube.com

 

物語は6番まであります

6番までの物語は、こうなっています。

1)最初に女の子の紹介をします。

2)つぎに、陽気な太った老紳士の描写です。

3)老紳士は宝石を見せびらかせて女の子を誘い、一緒にタクシーに乗ります。

4)タクシーの中で、老紳士は女の子に手を出しますが、その手を女の子に叩かれて拒絶されます。

 

5)女の子はその指輪を私にくれる?と、思わせぶりに聞き、老紳士はちょっと迷いますが、これからの女の子と仲良くなる展開を期待して、分かった、あげるよ、と渡します。

 

6)指輪を受け取った女の子は、とても嬉しいわ、気持ちだけ受け取っておくわね、ありがとう、じゃあまたこんどね、と、キスしただけでさっさと去って行きました。

 

あとに残されたのは、女の子に去られてしまった上に、もともと持っていた指輪まで持って行かれた老紳士、という落ちですね。

チャップリンの主張

このストーリーはチャップリンのパントマイムだけで物語の展開が分かるので、無声映画出身のチャップリンのトーキーについての主張「言葉は全く重要ではない」、ということを実際に証明して見せている場面になっています。

デタラメ語を解読

ただし、全くのデタラメ語かというと、そうでもないようなのですね。

場面に当てはめてみます。

見事なのは、各行のおしまいの音が、ちゃんと韻を踏んでいることです。
例えば最初の3行は、行の終わりが、みんな "re"「レ」の音で終わっていますね。

1)最初に女の子の紹介をします。女の子は宝石が好きなようです。

 

Se bella je s'adore
とても美人、みんなの憧れ

(と言いながら顔を強調。bellaはイタリア語で美しい女性、je s'adore は je l'adore ならフランス語で「私は彼女にあこがれる」)


Je notre so cafore
私はとてもスタイルがいいの

(と言いながらスタイルを強調。Je はフランス語で「私は」、notreもフランス語で「私たちの」、soは英語で「とても」)


Je notre si cavore
私はとても宝石が好き

(と言いながらネックレスでしょうか、指にぶら下げるしぐさ。si はフランス語で「とても」、cavoreはスペイン語で「掘る」)


Je la tu la ti la twah
私はそれが、あなたはそれが、それがあなたのもの

(と言いながらネックレスを見せびらかせて歩いています。twah は フランス語 toi 「トワ」 の音なので「あなた」)

 

2)つぎに、陽気な太った老紳士の描写です。

 

La spinash o la boucho
りっぱな口ひげを生やして、

(と言いながら、ヒゲと、口にくわえたタバコを強調。spinashは英語で「ほうれん草」。bouche「ブッシュ」ならフランス語で「口」。)

Cigaretto Portabello
タバコをくわえて、

(と言いながら貫禄のあるおなかを強調。)


Si rakish spaghaletto
キラキラな指輪の宝石

(と言いながら、指輪の宝石を振って見せます)


Ti la tu la ti la twah

あなたにそれは、あなたはそれが、それがあなたのもの

(と言いながらステッキを振り回しています)

 

(大通りで老紳士は女の子とすれ違って眼を奪われます。)

 

3)老紳士は自慢の指輪の宝石をさりげなく見せびらかせて女の子を誘い、一緒にタクシーに乗ります。

 

Senora pilasina
お嬢さん、お目にかかれて光栄です

(と、帽子を取ってあいさつ)

Voulez-vous le taximeter?
タクシーはいかがですか?

(と言って、ハンドルを回すしぐさ)

Le zionta sur la seata
席にお座りください

(と女の子を乗せ、自分も乗ってドアを閉めます)

Tu la tu la tu la wah~
私はそれが、あなたはそれが、それがあなたのわ〜〜

(と言いながら早くタクシーを出して、と運転手に催促)

(演奏している楽団から、タクシーのホーンの音がして、チャップリンもつまんで鳴らすしぐさをします)

 

4)タクシーの中で、老紳士は女の子に手を出しますが、その手を女の子に叩かれて拒絶されます。

 

Sa montia si n'amora
可愛らしく見せなくっちゃ

(女の子は殊勝にしています)

La sontia so gravora
この子はとても良い感じだ

(老紳士もモジモジします)

La zontcha
私は好きだよ

(と言って老紳士は自分の人差し指にキスして、)

con sora
君のことが

(と言いながら、女の子にタッチします。)

 

Je la possa ti la twah
私はあなたに対してまだそんな気になってないわよ

(と、女の子はその手をピシャリと叩いて言いました。)

 

5)女の子はその指輪を私にくれる?と、思わせぶりに聞き、老紳士はちょっと迷いますが、これからの女の子と仲良くなる展開を期待して、分かった、あげるよ、と渡します。

 

Je notre so lamina
キスしたいんなら

(と女の子は人差し指を口に当てます)

Je notre so cosina
その指輪をよこしなさいよ

(と女の子はパントマイムです)

Je le se tro savita
これを君にあげるのか

(と老紳士は迷いますが)

Je la tossa vi la twah
わかった、私はこれを君にあげるよ

(と思い切ったように渡します)

 

6)指輪を受け取った女の子は、とても嬉しいわ、気持ちだけ受け取っておくわね、ありがとう、じゃあまたこんどね、と、キスしただけでさっさと去って行きました。

 

Se motra so la sonta
とても嬉しいわ

(これは本当に嬉しそうです)

 

Chi vossa l'otra volta
でも恥ずかしいからまた今度ね

(はにかんでいますね)

Li zoscha si catonta
今日はキスだけよ

(と、女の子が主導権をもってキス)

Tra la la la la la la
トゥララララララ〜〜

(そのままサヨナラです)

 

取り残された、かわいそうな老紳士。

ひょっとして、チャップリンはその老紳士を自分自身に当てはめてみたのかも知れません。

 

デタラメなんだけど何となく意味がわかる言葉、になっていますね。お見事です。

 

タモリさんの「4ヶ国語マージャン」という、各国語らしく聞こえるのだけどデタラメ語で、意味がわからないはずなのに、何となくニュアンスが分かってしまう、という芸を思い出します。

元歌「Titine」(ティティーヌ)

なお、この曲には実はフランス語の元歌があります。

www.youtube.com

Je cherche après Titine(私はティティーヌを探している)

(唄:Léonce, 詞:M. Bertal, L. Maubon, H. Lemonnier/曲:L. Daniderff)

この曲は1917年にフランスのキャバレー、カフェ・コンセールで初演されました。

もともと「ユーモラス」な曲、とのことなので、チャップリン版とコミカルな共通性はあるんですね。

「ティティーヌ」は、フランス女性名の「マルティーヌ」「クリスティーヌ」などの「ティーヌ」の部分をダブらせて、愛称にしていたんですね。日本で言えば、「奈緒子」を「ナオナオ」と言ったり、「真由美」を「まゆまゆ」と呼ぶようなものでしょうか。

ただ、内容を見てみると、主人公が女神のように思っている「ティティーヌ」がいなくなって、必死に探している、見つけたら帰るように言ってくれ、という歌なので、どこが「ユーモラス」なのか、いまひとつピンと来ません。

例えば歌詞に出て来る "bousculer le pot de fleurs"「植木鉢を押す」という表現も、フランス語のスラングのような裏の意味がありそうで、読みきれないし。

もしや、「ティティーヌ」は人間ではない?という気もしますが、まだ調査しきれていません。

 

今回のお話

今回は、チャーリー・チャップリンの映画モダンタイムスの「ティティナ」の唄とパフォーマンスについて考察。

チャップリンの歌うデタラメ語を解読してみました。

案外に全くのデタラメでもなく、それらしい単語が混じっていたりするのが、また笑いを誘うんですね。