独特の雰囲気を持った曲「踊るリッツの夜」。
「ハーブ・アルパート(Herb Alpert)」版のPVが話題
この曲はいろいろな人がカバーしていますが、「ハーブ・アルパート」版は、彼がリーダーだったバンド「ティファナ・ブラス」以来となる、彼自身のカッコいいトランペット演奏もさることながら、そのミュージックビデオが、最初から最後までカメラを止めないワンカットで撮影されていることでも話題になりました。
ワンカット長回しの流行
このワンカット長回し撮影の技法は、最近ではあちらこちらで目にするようになりましたね。
映画の「カメラを止めるな」とか「1917 命をかけた伝令」などが有名です。
日本テレビ「シューイチ」でも、中丸さん主演で、同じくカメラを止めないワンカットで撮影した映像を流していました。
さて、本編を見てみましょう。
謎の女の子
ベンチでバスを待っていた主人公が、あとからやってきた女の子と意味ありげに目が合ってから、おもむろにバスに乗り込むところから始まります。
この女の子、覚えといてくださいね。あとからもう一回出てきます。
アメリカのバスは左ハンドルなので、車体の右側に乗り降り口があるのですね。
フラッシュモブと早変わり
あとは、「フラッシュモブ」ふうにダンサーたちが登場して、流れるようなダンスと「早変わり」などのテクニックを駆使することによって、テキパキとしたノリの良い「ハーブ・アルパート」のトランペット音楽とマッチして、不思議な疾走感を出しています。
バスから降りた主人公は、女性ボーカルのバンド演奏グループを横目に、建物に入ります。
そこで主人公は、ダンサーたちが動かすダンボール箱の向こうに、帽子だけ見える状態で一瞬隠れて、再びそこから現れると、衣装がそれまでとガラッと変わっています。
まるで、歌舞伎の「早変わり」のようですね。
この辺からボーカルが出てきます。
歌詞はこちら。
それから、バーバーショップを通って外に出て踊って、再び入った部屋の中でたくさんのダンサーたちとまた踊っていると、そこに突如、シュールレアリスムの絵画のように出現するドア。
そのドアを閉めると、その部屋の中いっぱいに広がって踊っていたはずのダンサーたちが一瞬で消えてしまって、おやおや、どんなトリックだろう、と思う間もなく、ラストシーン、最後のバーの場面に到達してしまいます。
バーカウンターでの謎解き
バーにはカウンターの中のバーテンと、女性客が二人。
女性客の一人を主人公は誘い出します。
この誘い出された女性客の一人は、コスチュームがガラリと変わっていますが、映像の最初にベンチにやって来て、主人公と目が合った女の子です。
そのあとに残った女性客とバーテンは、とても親しい様子。
ところで、お気づきになりましたか?
このラストシーンのバーの場面でのカッコいい渋い「バーテン」は「ハーブ・アルパート」本人です。
そして、バーテンとやたら親しげにしている女性客は「ハーブ・アルパート」の実際の奥さん「ラニ・ホール」です。それは親しげにして不思議はないわけですね。
「ハーブ・アルパート」があちらにもこちらにも
なるほど、なかなかシャレた事をするなあと思って、さらに、映像を最初からしっかり見ていると、なんと、最初に出てくるバスの運転手も、コスプレをした「ハーブ・アルパート」であることに気が付きました。
さらに見ていくと、カッコよくて渋い「ハーブ・アルパート」は、もうひとりいました!
バーバーショップで主人公から紙幣を受け取る、バーバーショップのオーナーふうのダンディーな親父も、なんと「ハーブ・アルパート」なのです。
走り回る「ハーブ・アルパート」
つまり、「ハーブ・アルパート」本人も、次々に「早変わり」のコスチュームプレイをしているってわけですね。
当時78歳の「ハーブ・アルパート」が、次の場面から次の場面へと、何食わぬ顔で、別の人間として登場するために、スタッフたちの手を借りながら、セット内を走り回っているのだろうと推察できます。
ちなみに、主人公がバスから降りてすぐに目に入る女性ボーカルのバンド演奏グループ、このバンドの人達が、実際の演奏をしているメンバーなのだろうなと思わせますが、その女性ボーカルはなんと、バーでの場面の女性客!
つまり、コスチュームもそのまま変えずに登場の「ラニ・ホール」なのでした。
「ラニ・ホール」の謎解き
「ラニ・ホール」、もともとは、「セルジオ・メンデスとブラジル’66」の女性メインボーカルです。
「セルジオ・メンデスとブラジル’66」には、女性ボーカルが二人いるのですが、大ヒットした「マシュ・ケ・ナダ」や「フール・オン・ザ・ヒル」のレコーディングボーカルは、実は彼女一人によるものです。
ビートルズの初期のレコーディングボーカルも、ジョンかポールどちらか一人だけによる二重録音でしたから、当時としては通常のレコーディング手法だったんですね。
おかげで、私は「ジョンとポールの声の区別がつかない、二人ともよく似た声をしているなあ」と思い込んでおりました。
セルジオ・メンデスの影響力
あとは、バンドメンバーの中で6弦ベースを弾いているのが「フセイン・ジフリー」で、彼も「セルジオ・メンデスとブラジル’66」にベースとして参加していたことがあります。
楽しそうな撮影現場
一発撮りの緊張感あふれる真剣勝負も、一つのものを協力して作り上げるために、みんなでワイワイ騒ぎながらの、とても楽しい撮影現場であったろうと想像します。
この全体を巻き込んだ一体感は気持ちの良いものですね。
実際の人生も、世界も、こんなふうに全体を巻き込んで動いて行ったら、とても楽しいものになりそうです。
今回のお話
今回は、「踊るリッツの夜」の「ハーブ・アルパート」版のミュージックビデオを見ていたら、「ハーブ・アルパート」その人が3つの役を演じていたことに気がついてびっくりしたこと。
こうやってスタッフも出演者も一体となって一つのものを作り出して行く、という行為は、とても楽しいことで、世界のありようについてもちょっと考えさせられる作品になっている、ということを感じた、というお話でした。